いであやか『A.I. ayaka ide』 〜 エンジニア 牧野“Q”英司とアレンジャー 豊田泰孝が語る、打ち込み楽曲のプロダクション 〜

By in オーディオ

その圧倒的な歌唱力で注目を集めるシンガーソングライター、いであやか。前作から実に約3年ぶりとなるファン待望のニュー・アルバム、『A.I. ayaka ide』(ビクターエンタテインメント)が4月12日に発売されました。プロデューサーに亀田誠治氏を迎えたこのアルバムでは、これまで生楽器主体だったアレンジを打ち込み中心のトラックとすることで、彼女の歌の魅力がより引き立てられた“いであやかの新境地”とも言える作品に仕上げられています。

そしてこの作品のプロダクションでフル活用されたのが、Pro Tools | HDXシステムと多数のソフト音源/プラグイン・エフェクト。レコーディング/ミックスはもちろんのこと、アレンジ/バック・トラックのプログラミングもすべてPro Tools上で行われました。そこでAvidでは、エンジニアの牧野“Q”英司氏とアレンジャーの豊田泰孝氏にインタビュー。いであやか『A.I. ayaka ide』のプロダクションについて、じっくりと話を伺ってみました。

“歌の力”を引き立たせるため、打ち込み主体のアレンジに

 

——— 今作のプロダクションは、いつ頃スタートしたのでしょうか。

豊田 去年の2月頃です。いでさんが作ったデモに亀田さんがアドバイスをしつつ、3月に亀田さんが『コンビニ』という曲を書きました(註:アルバム1曲目に収録)。それを踏まえていでさんは他の曲を書き、既にある曲も手直しして新たに作ったデモをこちらに投げてもらい、それに対してまたアドバイスをするということを何度か繰り返しました。そんなやり取りの中で、徐々に作品の方向性が固まっていった感じですね。曲がすべて揃ったのが6月で、アレンジを開始したのが7月。ですからスケジュール的には結構余裕がありました。

 

——— いでさんは、どのように曲を作られるのですか?

豊田 基本はピアノの弾き語りで、歌とピアノを小型のデジタルMTRを使って録音しているようです。一部の曲、例えば『Joker』(註:アルバム3曲目に収録)なんかはすでに完成形の元になるリズムも入っていました。

 

——— いでさんのデモを最初に聴いたとき、豊田さんはどのような印象を持ちましたか。

豊田 やっぱり一番印象に残ったのは歌ですね。歌に力があって凄いなと。あと、曲も歌心があって良いなと思いました。

いであやか『A.I. ayaka ide』(ビクターエンタテインメント)

——— プロデューサーの亀田誠治さんからは、豊田さんにどのような話があったのでしょうか。

豊田 これまでのいでさんのイメージをガラリと変えたものを作りたいと言っていました。具体的には、これまでのいでさんの楽曲は生楽器中心のアレンジだったんですけど、打ち込み主体のアレンジにしようと。その方が彼女の歌の力が引き立つんじゃないかと言っていましたね。それとJ-POP的な作品とは違うものにしたいということも言っていました。いわゆるJ-POPとは肌触りが違うものにしたいと。

 

——— 亀田さんプロデュースで、打ち込みメインの作品というのは結構あるんですか?

豊田 THE TURTLES JAPAN(註:flumpoolの山村隆太、阪井一生と亀田誠治が中心となって結成されたエレクトロ・ロック・ユニット)とか無いわけではないんですが、少ないと思います。

豊田泰孝氏

Pro Tools | HDXシステムと多数のソフト音源を使ったプロダクション

 

——— 今作のアレンジはどのように進められたのでしょうか。

豊田 最初に亀田さんから曲のイメージを聞き、“カメスタ”というプリプロ・ルームがあるんですけど、そこでアレンジを行いました。亀田さんから伝えられる曲のイメージは、具体的な場合もありましたし、大雑把なジャンル感だけのこともありましたし、いろいろでしたね。フレーズについての細かい指示はほとんどありませんでしたが、“この曲はギターで埋めない方がいいんじゃないか”とか、そういう感じのことは言われました。それがアレンジを進める上でのヒントというか縛りになった感じですね。アレンジの際、亀田さんと一緒に作業をすることはほとんどなく、完成してから聴いてもらいます。それでOKが出たら、そこからギターやベースといった生楽器を入れていきました。

 

——— プリプロ・ルームの機材をおしえてください。

豊田 DAWはPro Tools | HDXシステムで、ソフトウェアは最新のPro Tools 12です。コンピューターはタワー型のApple Mac Proで、HDXカードは1枚、オーディオ・インターフェースはHD I/Oが1台です。

 

——— MIDIの打ち込みもすべてPro Toolsで行なったのですか?

豊田 そうです。昔はApple Logic Proを使っていたこともあるんですが、最近はすべてPro Toolsで打ち込んでいます。基本鍵盤でクォンタイズをかけながらリアルタイムに入力し、フレーズによってはループすることもあります。

 

——— アレンジャー的にPro ToolsのMIDI機能に不満は無いですか?

豊田 まったく不自由ありません。Logic Proで使っていたMIDIトランスフォームといった機能に関しても、Pro Toolsで大体同じことができますし、Pro ToolsはMIDIの録音や編集がオーディオと同じ感覚でできるのがいいんです。例えば打ち込んだMIDIデータをピアノロールで編集する場合、Logic Proですと別のウィンドウをいちいち開かないといけませんが、Pro Toolsではセッション上でそのまま編集することができる。ピアノ・ロールがオーディオの波形と並んで常にタイムライン上に表示されているというのも視認性に優れていますし、録音した音に対してMIDIデータをいじる場合は、特に効率よく作業ができますね。

 

——— ネイティブのPro Toolsではなく、HDXシステムを使用しているのはなぜですか。

豊田 オーディオ処理の面でコンピューターへの負担を軽減でき、その分ソフト音源などにパワーを使えるというのが大きいですね。もちろん低レーテンシーというのも理由の一つです。

 

——— よく使う音源についておしえてください。

豊田 たくさんあるんですが、定番ものは大体決まっています。ピアノだったらModartt PianoteqかSynthogy Ivory、ドラムはFXpansion BFDやNative Instruments Maschine、あとはSpectrasonics Omnisphere、Trilianとか。ストリングスはAudiobro LA Scoring Strings、ブラスはNative Instruments Session Hornsをよく使いますね。たまに亀田さんお気に入りの古いハード音源、ローランド JV-2080やE-mu Vintage Keysが登場することもあります。ソフト音源に関しては、よく使うものは決まっているので、それらを立ち上げたテンプレートが用意してあります。

Output REV、reFX NEXUS 2、Native Instruments Maschineが立ち上げられたPro Toolsセッション

——— セッションのフォーマットは?

豊田 32bit float/96kHzです。亀田さんがプロデュースする作品は、基本すべて96kHzですね。H/Wバッファサイズは1024サンプルで、この設定なら入力時のレーテンシーはそれほど気になりません。

 

——— プリプロ・ルームで生楽器をレコーディングすることもあるのでしょうか。

豊田 特にブースがあるわけではないんですが、亀田さんが弾くベースやギターをプリプロ・ルームでレコーディングすることもあります。今回はぼくが弾いた曲も何曲かありますね。

 

——— ベースやギターをレコーディングする際の決まったセッティングがあればおしえてください。

豊田 ベースに関してはRadialのDIを使い、素のラインの音と一番初期のLine 6 Bass Podを通した音、2種類の音をレコーディングします。初期のBass Podは亀田さんのお気に入りで、良い感じに歪んだ好きな設定があるんです。HAは古いDigidesign PREで、これも亀田さんお気に入りの機材ですね。前に一度違うHAに変えたことがあったんですが、音がしっくりこないということで。PREを通すことを前提に、Bass Podで音作りをしているんです。

エレキ・ギターは、Aurora Audio GTP8を使ってレコーディングし、オーディオ・トラックにAvid Elevenをインサートしています。昔はLine 6 Amp Farmがお気に入りだったんですが、残念ながら使えなくなってしまったので、最近はずっとElevenですね。Elevenに関しては、インサートした状態でエンジニアさんにセッションを渡しています。アコギに関してもHAはGTP8で、マイクは大抵AKG C451かNeumann U 87 Aiですね。

 

——— アレンジの際、オーディオ・トラックにループなどを貼り付けることはありますか?

豊田 たまにあります。でも、後でテンポが変わることもあるので、亀田さんの要望に常に対応できるようにはしてあります。

豊田氏と牧野氏

——— アレンジが終わった後、インストゥルメント・トラックの出力はどのような方法でオーディオ化しているのでしょうか。

豊田 ソフト音源を立ち上げているAUXトラックの出力を、バス経由で頭から最後まで別に用意したオーディオ・トラックにレコーディングしています。テンプレートのセッションには、すぐにオーディオ化できるようオーディオ・トラックも作ってあるんです。新しいトラック・バウンスやコミットといった機能にも興味はあるんですが、まだ実作業で使うところまでいってませんね。

 

——— インストゥルメント・トラックのオーディオ化は、アレンジが完了した段階で一気に行うのですか?

豊田 そうですね。基本アレンジが出来上がった段階でまとめてオーディオ化しています。もちろん、後での変更にも対応できるよう、インストゥルメント・トラックもそのままキープしてあります。

 

——— ステレオとモノ、どちらでオーディオ化するかというのは、音源/楽器によって決める感じですか?

豊田 そうですね。パッドやピアノといった楽器はステレオでオーディオ化しますし、ベースとかMellotronとか、ステレオである必要のない楽器はモノでオーディオ化します。ドラムは作業時はまとめて鳴らしていても、オーディオ化するときはパラで出します。

 

——— アレンジの段階でエフェクトのプラグインは使用するのですか?

豊田 Pro Tools上でプラグインをインサートするのは極力避けています。基本ソフト音源の内部で音を作り込み、Pro Tools上でのエフェクト処理はエンジニアさんに委ねるようにしています。どうしてもPro Toolsでしかできない処理の場合は、プラグインをインサートしますけどね。

 

——— オーディオ化した後、編集をすることはありますか?

豊田 重ねたキックなどの位相や、どうしても発音が遅れてしまうストリングスなどの楽器は、オーディオで編集しています。今回の作品で言えば、ぼくが弾いた『Wings』(註:アルバム9曲目に収録)のベースは、人間的な揺れを極力排除したかったので、かなりタイミングをエディットしています。

 

——— これはエンジニアの牧野さんに伺いたいのですが、アレンジャーが打ち込みものの楽曲をオーディオ化する際の要望はあったりしますか?

牧野 特に無いですけど、MOTU Digital PerformerやLogic Proを使っている人から届くファイルは、モノの音源でもステレオ・ファイルだったりするので(笑)、できるだけモノにしてほしいと伝えることはあります。レベルに関しては、0dB近辺でバランスが取れるようにしてくれているのは分かるんですが、あまりに音が小さいとコンプとかがかけづらい。となると、結局どこかで上げなければならないんです。

牧野“Q”英司氏

——— ソフト音源内蔵のエフェクトは外しておいた方がいいですか?

牧野 それはどちらでも。エフェクトが音色の一部になっている場合もありますからね。

 

——— アレンジャーの側で仮ミックスが作ってある場合と、単純にオーディオのパラ・データの場合、どちらがやりやすいとかありますか?

牧野 それもどっちでも構わないです。ただ、ミックスしてあった方がイメージは把握しやすいかもしれない。でもぼくの場合、クセでファイルを開いた途端に(フェーダーを)すべて下げて、プラグインを外してしまうんですけど(笑)

 

 

牧野“Q”英司のボーカル・レコーディング・テクニック

 

——— 牧野さんの作業は、いつ頃スタートしたのですか?

牧野 9月の頭くらいですね。そこから順々にスタートしていった感じです。

 

——— 牧野さんはアンジェラ・アキやスピッツなど、亀田さんプロデュースの作品を何枚も手がけられていますが、今回は最初にどのような話があったのでしょうか。

牧野 これと言ってないんですけど、亀ちゃんがぼくに依頼する場合は何らかの意図が必ずあるんですよ。だからその意図を、楽曲やちょっとした会話から汲み取りながら作業を行いました。

 

——— 歌録りやミックスはすべてここ(註:牧野英司氏のプライベート・スタジオ、“atelier Q”)で?

牧野 そうです。ミックスが終わったら、亀ちゃんが最後にチェックしに来ます。DAWはPro Tools | HDXシステムで、HDXカードは2枚。ソフトウェアは最新のPro Tools 12です。

牧野氏のプライベート・スタジオ、atelier Q

atelier Qのレコーディング・ブース

——— いであやかさんの印象はいかがでしたか?

牧野 豊田くんも言ってましたけど、本当に歌が上手いですよね。もう少しハモをこうしてほしいと言ったら、すぐにやってくれるし。音楽的なセンスをしっかり持っているんです。曲もアレンジも凄くやりやすかったですね。ちゃんと歌のスペースが空いていましたし。

 

——— 豊田さんには、“いわゆるJ-POPとは違うものにしたい”というオーダーがあったようですが、牧野さんには?

牧野 ぼくには無かったかな。そもそもぼくはそういうサウンドが得意じゃないですし(笑)。

 

——— 今回、歌録りにはどのようなマイクを使ったのですか?

牧野 最初に録ったのが『crazy for you』という曲だったんですけど(註:アルバム4曲目に収録)、そのときに何本かマイクを試したんです。結局、その曲はAメロが低かったのでNeumann U47を使ったんですけど、他の曲はすべてAKG ELA M 251を使いました。最初から彼女の歌にはELA M 251が合っているような気がしていたんです。ELA M 251って、張ってもピーキーな感じにならなくて、“H”とか“S”とかその辺の歌声がブレッシーに録れるんですよ。彼女の歌の語尾は息で終わる感じだったので、絶対にELA M 251が合うなと。使ってみたら、予想どおり見事にハマりました。

1曲を除く全曲でボーカルのレコーディング用マイクとして使用されたAKG ELA M 251

——— HAとADコンバージョン前のアウトボードは?

牧野 Neve 1081とブラックのUrei 1176LNの組み合わせ。ぼくの定番ですね。1081は1073と比べると少し繊細な音で、それが歌に合っているんです。ちょっとハイファイというか。ロー・カットはしますけど、EQは使わないので純粋なHAとして使っています。1176LNに関しては、ブラックの1176というとアタックとリリースが速いというイメージがあると思うんですけど、ぼくが使っているRev Fはどちらかというとシルバーに近いかかり方なんです。音ではなく、かかり方が。アタックが遅めで、リリースも遅め。それが歌に合っているんですよね。

 

——— 1176LNの設定についておしえていただけますか。

牧野 かかっているか、かかってないか、分からないくらいの使い方です。ぼくの場合、録りながらガンガンに(ツマミを)いじるんですよ。Aメロだけデカくしたり。だからボリューム的な使い方かもしれないですね。

ボーカル・レコーディングに使用されたアウトボード。HAはNeve 1081(写真中段)、コンプレッサーはブラックのUrei 1176LN(Rev F)が使用された

atelier Qのアウトボード。他にも膨大な数のアウトボードが倉庫に置かれている

——— ADコンバーターは?

牧野 最近はHD I/Oの内蔵ADか、Crane Song HEDD-192の二択なんですけど、今回はすべてHD I/Oの内蔵ADを使いました。HD I/Oと比べると、HEDD-192は太くてザラッとした粗い感じの音なんです。微妙に歪ませることもできますし。今回はブレスや声の上の部分をきれいに録りたかったのでHD I/Oを使うことにしました。

 

——— 歌録りの際、牧野さんからいでさんにリクエストしたことはありましたか?

牧野 いや、全然。キーが低い曲のときにちょっと(マイクに)寄ってもらったくらいですね。もう凄くスムーズでしたよ。

 

——— 歌録り時のレベルについておしえてください。

牧野 ぼくの場合、声が一番張ったときのVUが+3dBというのが目安。そして絶対に黄色が点灯しないようにしています。VU的な考え方ですね。最近はVUをまったく見なくなりましたけど(笑)

 

——— 今回、歌のエディットは?

牧野 いつもだったらタイミングを結構直したりするんですけど、今回はほとんどいじってないですね。Antares Auto-Tuneを使ってピッチを少し直したくらいです。

6種類のプラグインを併用してボーカルを丁寧に処理

 

——— 牧野さんは、ミックス用のテンプレートは作ってあるのですか?

牧野 なるべくテンプレートは作らないようにしています。じゃないと全部同じ音になってしまうので(笑)。今回は打ち込みものなので違いますけど、バンドものの場合は2〜3曲やって良い感じだったら、そのセッションを他の曲でも使うということはやりますけどね。でも、テンプレートは作らないと言っても、使うプラグインは大体一緒だったりするんです。特にマスター・トラックのプラグインなんかはほとんど同じ。そのセレクションは、自分の中での流行りがあって、3ヶ月周期で変わるんですけど(笑)。

 

——— 今作は打ち込みがメインになっていますが、やはりバンドものとはミックスの方法論や手法は違ってきますか?

牧野 かなり違います。例えばグルーヴとか低域の作り方が全然違う。打ち込みものはバンドものと違って、そのあたりが自由に作り込めますからね。だから打ち込みもののミックスは好きなんですよ。ぼくってバンドもののイメージが強いと思うんですけど、最近は打ち込みものが大好き(笑)。

バンドものに関しては、ぼくはライブ会場で聴いているような音像を作るというのを信条にしているんです。ライブに行くと、キックがブーンと響くじゃないですか。あの感じを小さい音でも再現できるように音を作っていますね。

 

——— このスタジオにはいろいろな種類のスピーカーが用意されていますが、それらの使い分けについておしえてください。

牧野 最初はBarefoot Sound MicroMain27をバカデカい音で鳴らして、落ち着いてきたら小さな音でADAM Audio S2Xで確認するという感じですね。

atelier QのPro Tools | HDXシステム。左のディスプレイに編集ウィンドウ、右のディスプレイにミックス・ウィンドウを表示させている

atelier Qのスピーカー群。今作では右端のBarefoot Sound MicroMain27で作業し、左上のADAM Audio S2Xを使って小音量で確認したとのこと

——— ヘッドフォンやカー・オーディオでチェックしたりはしますか?

牧野 ヘッドフォンは使います。最近は健康のために車に乗らないようにしているので(笑)、歩きながらヘッドフォンでチェックしますね。そのときに使うヘッドフォンは、Bluetooth接続の安いやつ。セールで3種類くらい買ったんですけど、1つ当たりがあったんですよ(笑)。プレーヤーは、オンキヨーのDP-X1Aというハイレゾ対応のものを使っています。

 

——— ミックス時は、各トラックをどれくらいのグループにまとめるのでしょうか?

牧野 まとめるのはドラムとボーカル、コーラスくらいですね。人によってはAメロやBメロ、サビでトラックを分けてプラグインの処理を変える人もいるみたいですけど、ぼくは分けたりしません。ボーカルだったら最初から最後まで同じトラックです。

 

——— それではまず、ボーカルの処理から聞きたいのですが、ボーカルをまとめたAUXトラックにはどのようなプラグインがインサートされているのでしょうか。

牧野 まずはEQでローをカットして、高域のエアー感を持ち上げます。使うのは大抵、Pro Tools純正のEQ IIIかWaves Q8ですね。その後、ボーカルには必ずWaves Renaissance Voxを使うんですが、今回はその前段にWaves Kramer PIE Compressorをインサートしています。Kramer PIE Compressorは気に入っているプラグインで、これでリダクションはほとんどしていないんですが、音の変化が好きなんですよ。声が張ったときの質感が良いんですよね。そしてRenaissance Voxの後段には、Waves Renaissance DeEsserをインサートします。ディエッサーはその時々で流行りがあるんですけど、最近はRenaissance DeEsserをよく使いますね。DeEsserの後は、また別のAUXトラックに送り、Universal Audio 1176 Classic Limiter Rev EとAvid Pro Compressorでダイナミクスをかけます。使い方としては、1176 Classic Limiter Rev Eでリダクションして、Pro Compressorでピークを抑えるという感じですね。1176のモデリングものでは他に、Avid Classic Compressors BF76もよく使います。

 

——— まとめると、EQ III/Waves Q8 → Kramer PIE Compressor → Renaissance Vox → Renaissance DeEsser → 1176 Classic Limiter Rev E → Pro Compressorという順番というわけですね。これだけのプラグインを併用する理由は?

牧野 やっぱりそれぞれ特徴がありますから。使い方としてはすべてちょっとずつ。もちろん、これだけのプラグインを直列でかけると2,000サンプルとかのレーテンシーになってしまうので、Pro Toolsの自動遅延補正機能を使っています。

 

——— やはりボーカルが最もプラグインを多用するトラックになるのでしょうか?

牧野 あとはドラムも多用します。今回は打ち込みものだからそうでもないですけど、生ドラムの場合はかなり使いますね。かけ方は強くはないんですが、種類は使っているかもしれない。

 

——— いでさんのようなブレスが特徴的なボーカルの場合、オートメーションはかなり細かく書くのですか?

牧野 そうですね。今回は消えかかっている語尾の部分をオートメーションでかなり持ち上げました。彼女のセクシーな部分、色っぽさを強調しようと(笑)。ちなみにボーカルのオートメーションに関しては、ぼくの場合はトラックのフェーダーではなく、一番先頭にインサートしてあるEQの出力レベルをオートメーションするんです。なぜかと言えば、その後に続くコンプレッサー・プラグインの前でオートメーションしたいから。こうすれば、Aメロだけコンプレッサーがかからないといった問題をクリアできる。ボーカル以外ですと、ベースも同じようにEQの出力レベルをオートメーションしています。

 

——— 今作は残響感というか浮遊するようなアンビエンスが印象的なんですが、リバーブは全曲共通ですか?

牧野 デフォルトのリバーブはほぼ同じです。ぼくはミックスの際、ロング、ミディアム、2種類のショートと、大体4種類のリバーブを用意するんですよ。今回ロングはホールのプログラムでAvid ReVibe、ミディアムはWaves Abbey Road Reverb Plates、ショートはAvid D-VerbのアンビエンスとUniversal Audio Lexicon 224を使いました。80年代っぽいリバーブが欲しいときは、Lexicon 224が一番。あと楽曲によっては、さらにWaves H-Reverbも使いましたね。それと最近は、Valhalla DSPのValhalla Roomもよく使います。あれは凄く良いですね。

牧野氏愛用のリバーブ・プラグイン。Universal Audio Lexicon 224、Waves Abbey Road Reverb Plates、Avid D-Verb、Avid ReVibe

——— Valhalla DSPは、愛用している人が多いですね。

牧野 Valhalla Roomも80年代っぽいアメリカンな雰囲気のリバーブで、スネアに良いんです。Valhalla DSPでは、Valhalla Simmerも大好きですね。昔のEventide H3000のCrystalのような感じで、ロング・リバーブとしてよく使っています。

 

——— ディレイについてもおしえてください。

牧野 ディレイは基本1系統です。ぼくは昔Lexicon Super Prime Time Model97をステレオのピンポン・ディレイとして愛用していたんですけど、それと同じようなプログラムをPro Tools純正のMod Delay IIIで作っています。例えば片チャンが付点8分、もう片方が4分のディレイとかで、ディレイ・タイムで言うと大体300ms台と500ms台にします。それをステレオでピンポンさせる。ピンポンと言っても単純なピンポンではなく、ぼくは“スピン”と呼んでいるんですけど。Mod Delay III以外ですと、最近出たSoundtoys EchoBoy Jr.が凄く良いですね。EchoBoyとは全然違って、Super Prime Time Model97に近いディレイなんです。

 

——— AUXトラックで使うのは、4〜5種類のリバーブとディレイくらいですか?

牧野 あとは広げものですね。昔AMS DMX 15-80sを使ってやっていた左右のピッチをずらして広げるエフェクトは、Soundtoys MicroShiftを使ってやっています。その他、Waves S1やPS22も使いますね。それらも少しずつ足す感じで。

 

——— マスター・トラックで使うプラグインについておしえてください。

牧野 絶対に使うのはAvid Pro Limiterですね。そして最後は、McDSP ML4000。あとはiZotope Ozoneなども使っています。

 

 

先行配信曲『ずっと』のプロダクション 〜 ミックス

 

——— ここからは、この記事を読んでいる人の参考になるように、YouTubeでミュージックビデオが公開されている先行配信曲、『ずっと』(註:アルバム2曲目に収録)の音作りについて伺いたいと思います。この曲は音数が少ない印象ですが、セッションのトラック数はどれくらいですか?

牧野 AUXトラックを入れて62トラックなので、オーディオ・トラックだけだと40トラックも無いと思います。

豊田 この曲に限らず、今作は音数を少なくしようと最初から意識していました。いでさんが歌で表現するためのスペースをできるだけ作っておこうとしたんです。

 

 

——— EDMっぽい要素も盛り込まれた4分打ちのトラックですが、ドラムの音源は何を使用しましたか?

豊田 これはローランド TR-8ですね。ちょうど買ったばかりで使いたかったんです(笑)。TR-8は、96kHzで生成された音がUSB端子からそのまま出力されるので、Pro Toolsにはデジタルで取り込みました。キックはTR-8とMaschineを重ねて、クラップやリムっぽい音もMaschineを使っています。でもハイハットなど、基本はTR-8ですね。

『ずっと』で活躍したローランド TR-8

——— シーケンサーもTR-8内蔵のものを?

豊田 いや、シーケンサーはPro Toolsです。MIDIでTR-8を鳴らしています。スネアのタタタというスキャッターっぽい連打も打ち込みですね。

 

——— グライドがかったベースは?

豊田 OmnisphereのMoog系の音色を使いました。グライドやリリースの長さを細かく調整することでグルーヴを作っています。

 

——— こういう楽曲のミックスで難しいのが、キックとベースの聴かせ方です。両者を上手く分離させて聴かせるためのテクニックがあればおしえていただけますか。

牧野 ぼくはかなり下(低域)を入れたい人なので、キックで下を膨らませて、その上にベースを重ねるというのが基本的なイメージ。キックの下を膨らますのは、アレンジャーの方にお願いすることもありますし、EQでいじることもあります。キックとベースを聴かせる上で重要なのが両者のタイミング。具体的にはベースを微妙に遅らせるんです。どれだけ遅らせるかというのは音色にもよるんですが、聴いて分からない範囲でギリギリまで遅くする。キックのアタックの後にベースが来るようなイメージで。そうすると上手く棲み分けることができます。タイミングの遅らせ方は、コンプレッサーのアタックでやることもありますし、いろいろですね。もちろん、音域の整理も重要です。

 

——— パッドはEDM的に4分のタイミングでうねっていますね。

牧野 Avid Channel Stripをインサートして、キックでサイドチェーンを使っています。

豊田 パッドにはOutput Signalを使用しました。イントロのメロディーは、LennarDigital Sylenth1です。

Output SignalとSpectasonics Omnisphere

——— イントロや間奏のエフェクティブな歌声はどのような処理になっていますか?

牧野 この曲はボーカルにiZotope Nectarを使っているんです。Nectarを強めにかけて歪みを作り、ディレイとリバーブをかけ録りしてリバースしています。エフェクトに関しては結構かけ録りしていますね。

 

——— リバーブは、先ほど挙げていただいたReVibe、Abbey Road Reverb Plates、D-Verb、Lexicon 224といったプラグインを使用しているのですか?

牧野 そうですね。中でも肝となっているのはReVibeで、この曲ではチャーチ系のプログラムとホール系のプログラム、2種類使っています。それとリバーブ以外ですと、マスター・トラックでWaves Infected Mushroom Pusherも使っていますね。Infected Mushroom Pusherは、下を出して上を広げるというEDM的な音作りが簡単にできるプラグインなんです。

『ずっと』のセッション(編集ウィンドウ)

『ずっと』のセッション(ミックス・ウィンドウ)

——— この曲ですと、ミックスの中心となるのは歌とキックなのでしょうか。

牧野 歌とキックとベースですよね。曲を支えているのはベースのグルーヴだと思います。

 

——— こういう打ち込みものの楽曲のミックス・テクニックがあればおしえてください。

牧野 トータル・コンプに頼るのはやっぱり良くないですね。迫力は出るんですけど、ただでさえ平坦な音がさらに平坦になってしまいますから。それよりも隙間を作ることが大切です。隙間を作って立体的に聴かせる。あとは周波数帯の整理と、奥行き感を意識した方がいいですね。昔はアマチュアの方が奥行き感を出すのは難しかったんですけど、最近はUniversal Audio Ocean Way Studiosとか便利なプラグインがありますから。奥行き感を作るプラグインとしては、最近出たEventideのTverbもいいですね。ただ重いのが難点なんですけど(笑)。

マスター・トラックで使用されたプラグイン。iZotope Ozone、McDSP ML4000、Avid Pro Limiter、Waves Infected Mushroom Pusher

マスター・ファイルはバウンスで作成し、マスタリングへ

 

——— 牧野さんはどのような方法で2ミックスを作っていますか?

牧野 ぼくはバウンスが多いです。昔はミックス・バッファーを使っていたこともあるんですが、最近はバウンスですね。もちろんハーフに落とすのが一番なんですけど、大人の事情などで減りました。

 

——— その際、マスター・トラックのプラグインはそのままですか?

牧野 そのままです。でも皆に聴かせていたときよりも、コンプなどは若干落とすかもしれない。バウンスの際に少し落とすんです。

 

——— 今回、マスタリングは?

牧野 ぼくはYAS(註:Bernie Grundman Mastering Tokyoの前田康二氏)に頼むことが多いんですけど、今回はMT(註:form THE MASTERの宮本茂男氏)にお願いしました。いでさんの声や曲の感じが、日本人ならばMTが合っているかなと。結果、凄くナイスでしたね。MTに頼んで良かったです。

 

——— 今作はアレンジからミックスに至るまで、すべてPro Tools | HDXシステムで制作されたわけですが、何かPro Toolsに望むことはありますか?

牧野 音は確実に良くなってますし、Pro Tools 12からは新機能も増えてとても便利になってますよね。コミットなどもバンバン使ってますし本当に便利。ただ、最近は便利さに重きを置いている印象があるので、Pro Toolsに関しては音質や安定性をさらに追求してほしいと思っています。と言いながらも、フリーズはバンバン使うし、便利さの恩恵を受けてはいるんですけど(笑)。

豊田 特に望むことは無いんですけど、クラウド・コラボレーション機能は気になっています。あれが何の不具合も無く動いて、業界に浸透したらかなり便利になるのではないかと。

 

——— 最後に今作の聴きどころをおしえてください。

牧野 やっぱりいでさんの声を聴いてほしいですね。語尾の感じとか、変な意味では無くてエロいんですよ(笑)。若いのにあの感じは凄いなと思います。楽曲もとてもよく出来ていると思いますし、個人的にサウンドを含めてこの作品はかなり気に入っているんですよ。ですからぜひたくさんの人に聴いてほしいですね。

豊田 楽曲に関しては、あえて複雑にせず、必要最低限の要素でメロディーの良さ、いでさんの歌の魅力を最大限引き出すことを考えてアレンジしたので、そのあたりをぜひ聴いてほしいと思います。シンプルなオケでの牧野さんの空間処理も聴きどころですね。

牧野 音数は多くないんですけど、物足りなさは感じない。この世界を目指している人には、アレンジの勉強になる作品なのではないかと思います。

いであやかさんよりコメントをいただきました。

 

「自分だけでどれだけできるのか見てみたくて、前作はセルフ・プロデュースでやらせてもらったんです。結果、自分では良い作品ができたとは思っているんですけど、でもやっぱり難しかった(笑)。作業自体は凄く楽しかったんですけど……。なので今回は、信頼できる方にすべて委ねてみようと思ったんです。自分だけでは想像がつかない新しい世界を見てみたかった。それと人から見た私は、一体どのあたりが魅力なのか、あらためて知りたかったというのもあります。それで今回、亀田誠治さんにプロデュースをお願いしたわけですけど、最初にすべて打ち込みでいくと聞いたときは本当に驚きました。これまでずっと生楽器でやってきて、打ち込みとか電子音を毛嫌いしていた部分があったので……。でも亀田さんいわく、私の歌を聴かせて、引き立たせるには、打ち込みの方がいいんじゃないかと。そのアイディアを聞いたときは、めちゃくちゃおもしろいことを考える人だなと思いましたね(笑)。最初は少し不安だったんですが、いざ作業が始まってみると、“ここまでやっちゃっていいのか!”とワクワクしてきて。これまでとはガラッと変わった新しいいであやかの音楽が出来上がったんじゃないかと思います。深みのあるサウンドで私自身本当に気に入っているので、ぜひ多くの方に聴いていただきたいですね」

いであやか Webサイト

http://ideayaka.com/

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