去る3月、約4年半ぶりとなるオリジナル・アルバム『TRUE WOMAN』(ユニバーサル シグマ)を発表したNOKKO。先行配信された『翼』(テレビ東京ピョンチャンオリンピック2018テーマソング)は、松任谷正隆プロデュース/水野良樹(いきものがかり)作曲、リード曲の『ふふふ』は亀田誠治プロデュース/松任谷由実作曲という豪華な顔ぶれが参加した話題の作品です。レコーディング/ミックスとアルバム全体の共同プロデュースを手がけたのは、もちろんNOKKOの公私のパートナーであるGOH HOTODA氏で、そのプロダクションではPro Tools | HDXシステムと多数のプラグインがフル活用されました。そこでAvidでは、アルバム・リリース直後のGOH HOTODA氏にインタビュー。今作のサウンド面でのコンセプトとそのプロダクションについて話を伺いました。

NOKKO『TRUE WOMAN』(ユニバーサル シグマ)
NOKKO 約4年半ぶりのオリジナル・アルバム『TRUE WOMAN』
——— 先ごろリリースされた『TRUE WOMAN』は、NOKKOさんの実に約4年半ぶりのオリジナル・アルバムということになります。GOHさんはレコーディング/ミックスだけでなく、NOKKOさんと共同でプロデュースも手がけられていますが、今回はどのような作品にしようと考えたのでしょうか。
GOH HOTODA 本人がこれまでやってきたことの集大成的なニュアンスを含む久々のフル・アルバムですし、彼女らしい部分を凝縮した作品にしたいと思ったんです。少し種明かしをすると、『ふふふ』は『ライブがはねたら』(註:1994年リリースの6枚目のシングル)、『TRUE WOMAN』は『人魚』(註:1994年リリースの5枚目のシングル)、クラブ・ミュージック調の『この道』は『I WILL CATCH U』(註:1993年リリースのセカンド・アルバムの収録曲)のようなイメージを思いながら作った曲なんですよ。『翳りゆく部屋』は前のアルバム(註:2013年リリースのアルバム『THE NOKKO STORY』)のジャジーなテイストを引き継いでいますし、『シアワセのくつおと』はREBECCA色が強いアレンジだったり。前のアルバムは、NOKKOさんが作りためていた未発表曲を集めた作品だったんですけど、今回はこのアルバムのために書き下ろした曲が多いですね。
——— 昨年はREBECCAの活動もありましたが、今作のプロダクションがスタートしたのはいつ頃ですか?
GOH HOTODA 最初にできたのは(松任谷)由実さんに書いてもらった『ふふふ』で、それが一昨年(2016年)のことです。まだアルバムの話が決まる前に、本人が由実さんに直接、“曲を書いてください”とお願いしたんですよ。そうしたら由実さんが、“いいけど、わたしはメロディーを書くから、あなたは詩を書いて”とおっしゃって(笑)。由実さんは普通、曲も詩もパッケージで書かれる方なんですけど、多分NOKKOさんの詩の世界がおもしろいと思ったんでしょうね。それで詩を優先して、曲を書いてくれたんです。でも“ふふふ”というあのラインだけは、由実さんが作ってくれたんですけどね。
次にできたのは、水野くん(註:いきものがかりの水野良樹氏)が書いてくれた『翼』で、彼にはずっと曲を書いてもらいたいと思っていたんですよ。いきものがかりの曲を聴いて、彼が書くバラードにはJ-POPの良い部分が凝縮されているなと感じていて。『SAKURA』とか『YELL』とか、すごく好きだったんですよね。それで年末の音楽番組のときに、たまたまレコード会社の担当ディレクターとお会いしたので、“NOKKOに曲を書いてほしいんです”とお願いしたら2つ返事で快諾してくれて。こちらのイメージを伝えて、それで作ってくれたのが『翼』なんです。歌詞に関しては、かなり早い時点で書き始めていたんですが、途中でピョンチャン・オリンピックのテーマ曲になることが決まり(註:『翼』は、テレビ東京ピョンチャンオリンピック2018テーマソングとなった)、オリンピックのイメージに合わせて6〜7割書き換えました。
ですから今回のアルバムは、由実さんに書いてもらった『ふふふ』、水野くんに書いてもらった『翼』、この2曲からスタートしたんです。ぼく的には、この2曲がどちらも彼女の曲ではないのがいいと思ったんですよ。他の人に曲を書いてもらうことで、これまでとは違う新しい作品になればと期待したんです。
——— 『ふふふ』は亀田誠治さん、『翼』は松任谷正隆さんがプロデュースを手がけられていますね。
GOH HOTODA 亀田さんとはこれまでご一緒したことはなかったんですけど、個人的にずっと注目していたんです。サウンドがカッコいいですし、アーティストをしっかりプロデュースできる方だなと。昨年、NOKKOさんが出演したイベントでベースを弾かれていて、そこで見てこの方は間違いないと思いました。『翼』を松任谷さんにお願いしたのは、冬のオリンピックのテーマ曲ですし、そのイメージでオーケストレーションできる方となると、やはり松任谷さんかなと。それに(いきものがかりの)『YELL』のアレンジも松任谷さんで、曲を書いてくれた水野くんとも互いによく知っている仲なので。
——— ユーミンの曲ではなく別の曲を松任谷さんがプロデュースするというのがおもしろいですね。
GOH HOTODA 最初、由実さんの『ふふふ』を松任谷さんにお願いするというアイディアもあったんですけど、ぼくは今回に限ってはそうじゃない方がいいと思ったんです。
NOKKO『翼』
——— その他の参加ミュージシャンも非常に豪華ですね。
GOH HOTODA そうですね。松浦晃久さんは、是永さん(註:ギタリストの是永巧一氏)の大親友なんですけど、デモを作ってもらったらとても良かったので、『TRUE WOMAN』や『卒業写真』のアレンジをお願いしました。あと佐橋佳幸さんは、クラビノーバのCMイメージ・ソング(註:『All my life』)を作るときにお願いして、ぼくのニューヨーク時代からの友人であるフィリップさん(註:フィリップ・セス氏)には、アルバムを作り始めたときから参加してもらおうと考えていました。
——— 昨秋リリースされたREBECCAの新曲、『恋に堕ちたら』を収録したのは?
GOH HOTODA 最近の一連のNOKKOさんの作品ということで入れた方がよいと思ったんです。アコースティック・バージョンに関しては、年末にNOKKOさんのディナー・ショーでやってみたら意外と良かったので、それを今回もっと突き詰めてみようと。アコースティック・バージョンだと、詩の世界もより心に素直に訴えて来ますしね。

REBECCA『恋に堕ちたら』(ユニバーサル シグマ)
——— プロダクションはどのように行ったのですか?
GOH HOTODA まずはぼくとNOKKOさんがMacBook Proでピアノとリズムだけの簡単なデモを作り、テンポとキーが決まって歌詞ができあがった時点で、歌を96kHzでPro Toolsに録ってしまうんです。仮歌ではなく、本チャンの意気込みの歌をデモの段階で録ってしまう。そしてその歌のデータをアレンジャーの松浦さん、やフィリップさんたちに渡してアレンジしてもらうという流れでした。最近の人たちはボーカルを聴きながらアレンジを進めたいので、このやり方が適してます。
——— レコーディングはどのように?
GOH HOTODA 『翼』は乃木坂のソニー・ミュージックスタジオで、鈴木浩二さんと一緒に収録しました。松任谷さんが持って来られたベーシック以外のドラムやストリングス、ハープなど全て生で録りました。ボーカルに関しては水野さんのディレクションの下でスタジオで録音しています。『ふふふ』や『TRUE WOMAN』もスタジオでの生録音で、『卒業写真』はドラムとクワイアだけ外で録りました。フィリップさんの曲(註:『翳りゆく部屋』)は、アメリカで録音してもらったデータをインターネット経由で貰い、ボーカルはすべてウチで録音しましたね。
——— REBECCAの再活動を経て、NOKKOさんの歌声には変化はありましたか?
GOH HOTODA そうですね。ちょっと前までは声の出し方とか少し悩んでいたみたいなんですが、最近は自分の声を掴んだというか、自信のある歌声になりましたね。実際、声量も大きくなったので、それに合わせてマイクのセレクションや録音の仕方も変わってきましたよ。
ミックス・ウィンドウを使用せず、クリップ・ゲインとプラグインでバランスを整えていく
——— 今作のサウンド面でのコンセプトをおしえてください。
GOH HOTODA ダイナミック・レンジをできるだけ広くして、“今の音”にしたいと思ったんです。潰れた古くさい音にはしたくなかった。ですから今回はサミング・アンプなどは使用せず、すべて96kHzでPro Toolsの中でミックスしたんです。Pro Toolsはカード2枚のHDXシステムで、Universal Audio UAD-2 OCTOも使用しています。I/Oは、DAD AX32ですね。

ボーカルのレコーディングやミックスが行われたGOH HOTODA氏のプライベート・スタジオ、Studio Go & Nokko

Studio Go & Nokkoのオーディオ・インターフェース群。メインはDAD AX32で、これはPro Tools | MTRXの元になった製品
——— エフェクトはすべてプラグインですか?
GOH HOTODA いや、必要に応じてアウトボードも使いました。アナログのアウトボードをインサートすることで、音の立ち方が変わってきますからね。ボーカルにはMaag Audio EQ4を、佐橋さんのギターにはTeletronix LA-2Aをインサートしたり。ボーカルというのはミックスの中で一番大きくなるものですから、アナログのアウトボードを通して最初から存在感を出した方がラクなんですよね。作業が早いというか(笑)。あとはリバーブもBricasti Design M7を使いました。プラグインのリバーブも悪くはないんですけど、ハードウェアの方が減衰の仕方が自然なんですよ。プラグインは、かかっているかかかっていないかのどちらかというデジタルな感じで、ハードウェアの方がちょうどいいんです。最近はMacBook ProでネイティブのPro Toolsを使うこともあるんですけど、ハードウェア・インサートを使う場合はDSPベースのHDXシステムが不可欠ですね。
——— ボーカルなどにインサートしたアウトボードは、音が決まったらすぐにプリントしてしまうんですか?
GOH HOTODA ミックスが終わるまでインサートしたままです。昔はプリントしたりもしたんですけど、経験上最後までインサートしておいた方がいいですね。

ボーカルのレコーディング時に使用されたRetro Instruments Doublewideと、ミックス時に使用されたMaag Audio EQ4
——— GOHさんは90年代からPro Toolsを使用されているわけですが、昔と今ではミックスのやり方も変わってきましたか?
GOH HOTODA 変わりましたね。もうフェーダーでバランスを取るということをやらなくなりました。ぼくはミックス・ウィンドウをほとんど使用せず、編集ウィンドウでミックスをするんです。最初に出力が0VUになるように調整したら、その後は基本的にフェーダーには触らない。その代わりにクリップ・ゲインでオーディオ・クリップの出力を調整し、Softube Summit Audio TLA-100Aのようなオプティカル系のコンプレッサーをインサートして全体のバランスを作っていくんです。デジタル・ミックスで一番重要なのは、オーディオ・クリップとプラグインの関係性で、クリップ・ゲインを下げれば当然、その後のコンプレッサーのスレッショルドに引っかからなくなる。これがデジタル・ミックスの利点でありおもしろさだったりするんですよ。それでおおよそのミックスができあがったら、ダイナミックEQなどを使って気になる部分を補正する。そしてようやくミックスが完了という段階になって初めてミックス・ウィンドウを開き、微妙な調整をするわけですよ。とは言っても、フェーダーやオートメーションで動かすのは0.5dBくらいですけどね。
——— ミックスを始める際、まず手を着けるのはリズムですか?
GOH HOTODA 楽曲によりますが、4リズムから始めることが多いですね。ダンス系の曲だったらキックとベースから手を着けますし、まずは何より0VUでバランスを取るところからスタートします。
——— 以前お話を伺ったとき、各トラックをステムにまとめるのが重要とおっしゃっていましたね。
GOH HOTODA そうです。ボーカルやドラムなどを個別のバスに送って完全にディスクリートな状態にすることで、音を滲ませないようにするんです。昔はコンソールを使って敢えて音を滲ませていたわけですけど、今はあえて滲ませない。そうすることによって、自分でもびっくりするくらいクリアで、ものすごいダイナミクスを得ることができるんです。
——— 何本くらいのステムに分けるんですか?
GOH HOTODA ベース、キック、ドラム、パーカッション、ギター、キーボードは3〜4種類、ストリングス、ブラス、ボーカル、コーラスといった感じですかね。キーボードは、ピアノなど楽曲の中でメインになるものと、パッドなどシンセサイザー系の音で分けたりします。今回のアルバムですと10から20くらいですけど、少し前に手がけたREBECCAや松任谷由実さんのライブ・ミックスではすごい数になりましたね。

Studio Go & Nokkoのメイン・セクション

愛用のPro Tools | Dock
——— アルバムを通して、NOKKOさんの歌声の存在感がとても印象に残りました。今作のボーカルの処理についておしえてください。
GOH HOTODA 録音時のセッティングからお話しすると、マイクはオーディオテクニカ AT5047で、HAはMillennia HV-35、リミッターはRetro Instruments Doublewideを使いました。そしてミックスでは、iZotope Neutron、ハードウェアのMaag Audio EQ4、Softube Summit Audio TLA-100Aをインサートしましたね。全曲この組み合わせで、Maag Audio EQ4は周波数のポイントと数がミックスで使うのにちょうどいいバランスになっています。
——— Neutronはどのような使い方ですか?
GOH HOTODA AI機能もそうですし、これまでに無いコンセプチュアルなプラグインで、最近よく使っています。いろいろなことができるんですが、中でもダイナミックEQがおもしろいですよね。これまでのEQと違って、曲の中の一部分だけ、特定の周波数だけをカットあるいはブーストすることができる。あとはエキサイターもいいですね。最近はEQをなるべく使用せず、エキサイターで処理することが増えているんです。どうしてかと言うと、エキサイターは倍音だけををコントロールしているので、EQのようにピーキーな音にならない。昔のエキサイターと違って、低域に使えるのもいいですね。
——— リバーブはBricasti Design M7がメインですか?
GOH HOTODA ボーカルはM7がメインですが、他にも軽いOverloud BreverbやAvid ReVibeなどを使用しました。あとはスタジオのリバーブですね。ストリングスのレコーディング時に録っておいたモニター用のEMTをメインに使ってます。
——— 今回活躍したプラグインというと?
GOH HOTODA Accusonus Drumatomですね。要らない帯域をAI機能によって簡単にカットできるプラグインで、これによって生のドラムを打ち込みのようなクリーンな音にすることができるんです(笑)。マイクの被りを気にする必要がない。今回、生のドラムにはすべて使いましたね。あと変わったものですと、Loomer Sequentというプラグインを使いました。音をランダムに加工できるプラグインで、いろいろと問題は多いんですけど(笑)、なかなかおもしろいですね。これはテイくん(註:テイ・トウワ氏)におしえてもらました。

Accusonus Drumatom

Loomer Sequent
——— マスター・トラックにはどのようなプラグインをインサートしていますか?
GOH HOTODA ぼくは何もインサートしないんです。せっかく0VUですばらしいダイナミクスができあがっているのに、最後に潰したり、マスター系のプラグインに頼って安易にまとめ上げるようなことはしません。トゥルー・ピークを抑えたりといった処理はマスタリングでやります。
——— 最近はマスタリングの仕事も多いGOHさんですが、今作のCDのマスタリングはソニー・ミュージックスタジオの鈴木浩二さんが手がけられていますね。
GOH HOTODA 今回はレコーディングからミックスまですべて自分でやったので、最後は客観的に見てもらった方がいいと思い、CD用のマスタリングは鈴木さんにお願いしました。iTunes配信のマスタリングはぼくがやっています。
——— プロデューサー/エンジニアとして、今作の仕上がりはいかがですか?
GOH HOTODA 良いアルバムができたと、とても満足しています。『TRUE WOMAN』はゴージャスなR&B、『この道』はハウス、『ふふふ』はフレンチ・ポップと、50歳を過ぎた女性アーティストで、こういったバラエティー豊かな内容のアルバムを作れる人はなかなかいないんじゃないかと思います。先日NOKKOさんがラジオに出演した際、伊集院静さんが“こういう『卒業写真』は聴いたことがない。一番いいカバー”とおっしゃっていて、嬉しくなりました。ぜひ多くの人たちに聴いていただきたいですね。