Pro Tools Music Production Story “D.A.N.”

By in オーディオ

D.A.N. 1st album “D.A.N.”

Pro Tools ミュージック・プロダクション・ストーリー

サウンド・エンジニア「葛西敏彦」インタビュー

〜ダンス・ミュージックを通過した音楽ファンが共鳴する

グルーブ感溢れるバンド・サウンドの秘密〜

2016年4月にリリースされたD.A.N.の1stアルバム『D.A.N.』は、グルーブ感溢れるバンド・サウンドを中心に、様々な音楽要素が盛り込まれた素晴らしい作品になっています。

ここでは、このアルバムのエンジニアリングを担当し、共同プロデュースも務めた葛西 敏彦さんに、そのユニークかつハイ・センスなサウンドの秘密を解説していただきます。

D.A.N.

2014年8月に、桜木大悟(Gt,Vo,Syn)、市川仁也(Ba)、川上輝(Dr)の3人で活動開始。様々なアーティストの音楽に対する姿勢や洗練されたサウンドを吸収しようと邁進し、いつの時代でも聴ける、ジャパニーズ・ミニマル・メロウをクラブサウンドで追求したニュージェネレーション。

写真撮影:後藤武浩

葛西 敏彦 (かさい としひこ)

サウンドエンジニア。スタジオ録音からライブPAなど、場所を問わず音へのアプローチを続ける音響技師。主に蓮沼執太、高木正勝、大友良英などを手がける他、舞台作品への参加やサウンドプロデュースも行うなど、活動の幅を広げている。

 

このインタビューは、都内にある葛西さんのプライベート・ミキシング・ルーム”Kappa Sound”で行われました。

イントロダクション

最初に、葛西さんが今回のアルバムに参加した経緯や役割について伺いました。

 

葛西さんは、D.A.N.のデビューe.pである『EP』や1stアルバム『D.A.N.』のサウンド・エンジニアをなさっていますが、そのきっかけはどのようなものだったのしょう?

「最初は、ライブやレコーディングのお手伝いをしているアーティストの”小林うてな”さんから、面白いバンドがいるということで、D.A.N.の事を教えてもらったんですね。

2014年の暮れに、彼女とD.A.N.が一緒に食事をする機会があった時に僕も行って、メンバーと色々と音楽の話をしたのですが、音楽的な指向性も合致して、その流れで”一緒に録音してみようか?”という話になったのがきっかけです。」

 

最初にレコーディングした曲は何になるのでしょうか?

「『EP』に収められている『Ghana』という曲ですね。『EP』の後は、配信シングルとしてリリースされた『Pool』をやってから、アルバムに取り掛かりました。」

 

『EP』を経て1stアルバム『D.A.N.』のリリースとなるわけですが、アルバム全体のコンセプト的なものはあったのですか?

「最初はアルバムとしての統一感を出すために、インタールードを入れようとしたり、もっと曲数を増やすなど、色々なアイディアもあったのですが、メンバーと話をした結果一曲一曲の純度を高め、より凝縮された強度のあるものを8曲並べること。それぞれの曲は別の世界観があって良いけれども、根本となるバンド・サウンドは大切にするという価値観を貫くということをコンセプトとしました。」

 

アルバム『D.A.N.』では、葛西さんはサウンド・エンジニアであるとともに、共同プロデュースという役割も担っていますが、具体的にはどういった事を行ったのでしょうか?

「基本的にはバンドのやりたいことが最初にありきで、メンバー3人で作ってきたデモや発想を、具体的にどう着地させるかというサウンドのアプローチを僕から提案していくやり方をしました。彼らのイメージ、それがまず絶対的なものなのですが、それをいかに整理しつつ膨らませていくかというのが共同プロデューサーとしての役割でした。」

 

アルバム「D.A.N.」に収められた楽曲の多くは、下記のような過程を経て制作されました。

それぞれの過程で、どのような作業が行われたかを、葛西さんに伺いましょう。

 

コンポーズとプリ・プロダクション

曲の最初のアイディアというのは、どのように作られているのでしょうか?

「曲を作っているヴォーカルの大悟くんがベーシックなアイディアをApple Logic Proで作り、それを元にリハーサル・スタジオに入って3人でセッションしながらバンドのアレンジにしていくというのが、最初の曲作りのプロセスです。」

 

その段階で、曲の構成なども出来上がっているのでしょか?

「そうですね。構成自体はレコーディング前に出来上がっているケースが多かったです。」

 

リハーサル・スタジオで録った素材も本テイクで採用されたりするのですか?

「それはなかったです。リハーサル・スタジオでは本格的に録るというよりも、出したアイディアをメモ書き程度に収めるだけなので、ある意味そこも作曲の段階と呼んで良いと思います。」

葛西さんのところに来るのは、そのLogicのプロジェクト・データということになるのでしょうか?

「はい、リハーサル・スタジオで加えた生ドラムやベースに、メンバーがアレンジを施したシンセなどが乗ったマルチ・トラックの状態で届きます。」

 

LogicからPro Toolsへは、どうやってデータを移すのでしょうか?

「Logic上で各トラックをwavファイルで書き出して、Pro Toolsにインポートしています。曲によっては、レコーディング・スタジオでドラムやベースを仮録りして素材を差し替え、再度Logicにデータを戻して、メンバーに自宅でのプリ・プロダクションの続きをやってもらうといったケースもありました。」

 

次にスタジオでのバンド・レコーディングについて伺います。

 

レコーディングとポスト・プロダクション

レコーディング・スタジオは、どちらだったのでしょうか?

「”オールアート・スタジオ”です。Pro Tools HDシステムを使って、32bit float/88.2kHzで録っています。32bit floatは、ミックスしている時の内部処理の感じがとても良いです。サンプル・レートは、96kHzか88.2kHzを使うことが多いのですが、D.A.N.の時は全て88.2kHzでした。」

 

録音の時のミキサー卓は何を使ったのですか?

「卓を常設していないスタジオなので、マイク・プリは、AMEK 9098DMA、AMEK Channel In A Box、Phoenix Audio DRS 8などを使いました。」

 

ドラムには何チャンネルくらい使っているのでしょうか?

「大体16チャンネルくらいですが、今回は多めに録ってミックスの時に減らすことが多かったです。マイク・プリに関しては、スネアやバスドラはNEVE系を使用することが多く、シンバル等の金物系やルームなどはPhoenix Audioをよく使いました。」

 

ベースの録り方は?

「アンプとDIの両方で録音して、ミックスでバランスを取っています。『Time Maschine』のような曲で高音部を弾く場面などでは、ギター・アンプを通して録る手法も行いました。」

 

ギターはアンプ録りですか?

「はい。マイクを2本、オンで立てています。アンプはスタジオにあるもので、ヘッドがグヤトーン、キャビネットはツイン・リバーブ系のものを使っています。その場でエフェクトも含め、音を作り込んでから録音することが多いので、リアンプは一切やっていません。」

 

シンセはMIDIで?

「いえ、スタジオではMIDIは使っていないです。KORGのMS2000がメインで、あとはNORD LEAD IIもありました。それらを演奏し、そのままラインで録音していますが、曲によってアンプで鳴らして録ることもありました。」

 

小林うてなさんが弾くスティール・パンも、そのスタジオで?

「そういう曲もありましたが、スタジオではバンド3名による演奏が基本で、スティール・パンはここ(Kappa Sound)でオーバーダビングしています。」

 

ヴォーカルのレコーディングはどのように?

「ヴォーカルは、最初の方の『Ghana』や『Zidane』、『Navy』はスタジオで録音したのですが、それ以外の曲は、ここで録っていました。大悟くんは歌入れを集中してやりたい方なので、私と二人で夜中に作業していました。」

 

その時のマイクは?

「ここで録っていた時のマイクは、”TONEFLAKE”で製作したNEUMANN U67のレプリカ・モデル”T67”です。凄く良い音で、ヴィンテージ感もありつつ、最近のモダンなトーンも持っているというのが僕の印象です。マイク・プリは、AURORA AUDIO GTQ2 TONEFLAKE CUSTOMを使っています。」

葛西さん所有のTONEFLAKE T67

レコーディングは、一曲ずつ仕上げていく感じですか?

「曲毎に異なっていて、『Navy』や『Zidane』のようにアレンジが固まっていた曲に関しては、1日1曲のペースでベーシック録音からダビングまで全部を一気に録音していったのですが、その他の曲の中には、幾つかのセッションに分けて録音していき、ポスト・プロダクションに時間をかけながら仕上げていったものもありました。」

 

ポスト・プロダクションというのは、具体的にどういう作業になるのでしょうか?

「本テイク録音やミックスの後に、サウンドを追加したり、アレンジし直したりといった作業になります。

今回のアルバムでは、空間をどう生かすかを強く意識して制作していました。そこでまずベース、ドラム、ギター、シンセといった、それぞれの曲の核となるバンドとしての演奏を録音して大枠を作り、そこで生まれるスペースを把握した上で、必要なサウンドやアレンジを加えていくといった作業をポスト・プロダクションとして行っています。

絵で例えると、バンドによる生演奏がモノクロの線画のような状態だとして、ポスト・プロダクションでは、そこに色を付けていくというイメージです。」

 

ポスト・プロダクションの段階でバンドの音を差し替えたりもするのですか?

「レイヤーで音を重ねる事はあっても、差し替える事はしていません。バンドの演奏は、必ずそのまま生かす事を前提に考えて、そこは徹底しました。バンドの演奏に関しては、音の出し入れもほとんどやっていないですし、ドラムやベースは編集もしていない曲が多いです。そこが他のダンス系ミュージックとはちょっと違うところで、あくまでもバンド・サウンドが中心だというのが特徴かもしれませんね。」

 

ポスト・プロダクションは、あくまでもバンド・サウンドを生かすためのアレンジ作業が中心になるわけですね?

「そうです、どこまでプロダクションしていくかという部分はメンバーとも議論が出ました。例えば『Native Dancer』という曲は、もっとわかりやすいいわゆるダンス・ミュージックにしてバンドサウンドを排除していくという方法もあったのでしょうが、そういう風にバンドサウンドという枠を外して、音として良ければ良いか….という方向でやっていくと、彼らの根幹であるバンドの音から離れてしまうと今回は判断して、ダンサブルではあるが生演奏のグルーブを生かした音を着地点に見据えました。」

 

ポスト・プロダクションの後はミックスとなるわけですね?

「そこも色々なパターンがあって、ミックスしてからまたポスト・プロダクションに戻るということもあるんです。ミックスしている際に、足りないと感じた部分にサウンドを加えてもらったり、フレーズを練り直してもらったりといった作業を行う事もありました。」

 

その場合のメンバーとのやり取りはどういう風に行われるのでしょうか?

「最初はデータを送ったりもしていたのですが、やはりやりとりに時間がかかるのと、今回は制作する方法から他とは違うユニークなものにしたいという思いもあり、僕の作業場の隣の部屋が空いていたので、メンバーに”ポスプロも僕の隣で同時にやらない?”と提案しました。多分、2週間くらいになるのかな?ミックスしている間に、メンバーにはポスト・プロダクションを並行してやってもらいました。」

 

では、次に葛西さん渾身のミックス作業について伺いましょう。

 

ミキシング

サウンドを聴いて特徴的なのは、グルーブ感のあるバンド・サウンドと、独特の空間処理だと思うのですが、これらはミックス段階で処理されているものなのでしょうか?

「バンドで演奏されているドラム、ベース、ギター等に関しては、演奏そのものだけじゃなくて、エフェクトもレコーディング段階で生まれたものをベースにしているケースが多いです。

僕はレコーディング時のスタジオでの音作りが好きで、皆んなが同じ場にいて、その場で思い浮かんだアイディアを実践し、全員が”いいじゃん!”って言った瞬間を大事にしたいと思っているんです。

そうやって、その場にいる全員で決め込んで行った音を重ねる事で、より独特のものが生まれると思っています。」

 

録ってから後で何とかしようという発想ではないわけですね?

「録音しているときにまだ判断がつかないものに関しては、後からなんとかなるように録音したりもしますが、録音時に音を作り込んでゆくことでミックスのときにはその作った音からはじめることができて、次はそこから発展させることができる、という発想にしています。アイディアがあることは後回しにせずに、どんどんその場でトライを重ねるようにしています。」

 

ミックスで使用した葛西さんのPro Toolsシステムを教えていただけますか?

「Macbook ProとPro Toolsソフトウエア、インターフェイスはUniversal Audio Apollo 8です。プラグ・インのDSPアクセラレーションで、 UAD-2 OCTO(8コア)を使っています。」

 

それでは実際の楽曲のセッション・データを見ながら、葛西さんのミキシング・テクニックを見ていきましょう。

 

『Zidane』のベースとドラム・サウンド

最初は、アルバム一曲目を飾る『Zidane』です。ここでは浮遊感のあるイントロに切れ込むように入ってくる力強いベースとバスドラムのサウンドについて解説していただきました。

重厚感があり、かつソリッドなバスドラムのサウンドは、どのように出来上がったのでしょうか?

「ダンス・ミュージックのフィーリングが欲しいなと思っていて、でもバンドのグルーブというのも崩したくなかったので、ダンス・ミュージックの肝になるバスドラムの生音のサウンドに対して、別のサンプル素材もレイヤーして厚みを出しています。トリガーで音を重ねるツールとしては、Avid SoundReplacerを使っています。」

『Zidane』のKickのトラック。上から生のバスドラ、次にRoland TR808のサンプル・サウンドがレイヤーされ、イントロ途中からもう一つのサンプル・サウンドも重ねられた三層構造となっています。

 

「Kick(バスドラム)のレコーディング時には、マイクを3本くらい立てているのですが、ミックスの時には、別サンプル素材を加えてみてから全体の広がり感を調整する為、この『Zidane』の時のように、生音は結果的に1本のマイクだけを生かすといったケースもあります。ここでは、その生のKickにTR808サウンドをディケイ長めで、僕の中では、ハウスだったり、ディープ・ミニマル・テクノみたいなイメージにして加えています。

イントロ途中から、3本目のKickが入ってくるんですが、レイヤーでオン/オフという、ちょっとヒップ・ホップ的な作り方をしています。」

3本目のKickのサンプル音に施されたAAX EQプラグ・インのFlux Equre。葛西さんのお気に入りで「一番よく使っている」とのこと。

 

「3本目のKickは、少しワイルドなサウンドなのですが、他とピークが重なるところがあったので、その部分だけこのEQで調整しています。」

 

次にベース・サウンドについても伺ってみました。

波形の上がライン、下がマイクで録ったベース・サウンドで、一番上がその両方をサブ・ミックスしたAUXステム・トラックとなっています。各オーディオ・トラックは、コンプ/EQにより音が整えられた後、AUXステム・トラック上でも各種エフェクト処理が行われています。

 

「この曲は、レコーディング時に、ベースの仁也くんが、strymon BigSkyという少し変わったリバーブ・エフェクターを使って作り込んだ音があったので、ミックス時はコンプ/EQ中心で、それをどう生かすかという処理になっています。」

 

次にアルバム2曲目に収められた、絶妙なグルーブ感が印象的な『Ghana』の全パートを解説してもらいました。

全パート・サウンド解説『Ghana』

 

『Ghana』は、D.A.N.の最初の作品である『EP』の一曲目にも収められています。下記のPVで聴けるテイクは、『EP』バージョンです。

アルバム・バージョンでは、基本となるバンド・サウンドやミックスはそのままに、小林うてなさんのスティール・パンやコーラスの一部がオーバーダブされ、より色彩豊かなサウンドに仕上げられています。

『Ghana』Editウインドウ全景。全体のトラック数は、無効化して使用しなかったものも含めて69トラックです。

 

「これはD.A.N.と出会って最初にレコーディングした曲なのですが、この頃は、まだプリ・プロダクションはやっていなくて、セッションで作り上げたバンドのサウンドがまず先にあり、それを録ってから、色々と上物を追加していくという形でした。バンド演奏の部分に関しては、アレンジも含めてほぼ完成した状態で録りに入りました。

この曲に関しては、クリックを使っていないんです。曲構成を示すマーカーは打っていますが、テンポ・マップはなくて、ベースもドラムも編集は全くしてない、生のグルーブそのままですね。」

 

では、各パートのサウンド・プロダクションを見ていきましょう。

『Ghana』の楽曲/サウンド構成は下記のようになっています。

バンドによる生演奏がなされたドラム、ベース、ギターそしてヴォーカルの順に解説していただきました。

 

ドラム・サウンド

ドラム・パートの全景。バンドのグルーブ感を大切にする為、ドラム演奏そのものは、一発録りで編集もされていません。Kickのみサンプル素材が生音にレイヤーされています。真ん中の編集された状態のトラックは、オーバーダブされたクラップ(手拍子)です。

同じくドラム・パートのMixウインドウ。無効化してあるトラックは、レイヤーするKickサウンドで、何種類も試されていたことがわかります。

 

「Kickの音は、『EP』の時とアルバムで変わっているんです。『EP』の時は、生音にTR-909系のドシンという感じの音を重ねていたのですが、アルバムではNative Instruments Maschineからの素材をSoundReplacerに読み込んで、生のKickにレイヤーしています。

SoundReplacerにサンプルを読み込む前に、自分でKickのパターンをMIDIデータで打ち込んで、 Maschineのサンプルを、多い時には100種類くらい、どんどん切り替えながら鳴らして選んでいくんです。生音とのマッチングの良いサンプルをSoundReplacerに取り込んで、曲全体にトリガーして加えていきます。取り込んでからも、”あ、やっぱり違うな”となったら、またサンプルから選びなおしたり、その辺は納得行くまで相当時間をかけて作業しています。」

 

軽快なスネア・サウンドには、以下のようなプラグ・イン処理が実施されています。

「ドラムの場合も、各パートをAUXでまとめてステム・ミックス的なこともしていていますので、マスターEQ/コンプみたいなことをやる時はあるのですが、そこで大きく音を変えるということは余りなく、音作りはスネアとかバスドラなどの各トラック上で、より積極的に行いました。この曲のスネアの場合は、歪み系の UAD Thermionic Culture Vulture、コンプである UAD Manley Variable Mu® Limiter Compressor、そしてEQのFlux Equreを、このシグナル・チェーンで実行して、より存在感のあるサウンドにしています。」

 

次に、ドラムとともに、この曲独特のグルーブを生み出しているベース・サウンドを見ていきましょう。

 

ベース・サウンド

曲後半のベース・トラックのスクリーンショット。このベースも、1テイクで全て演奏されていますが、3度目のVerseに登場するグリスを使ったフレーズ部分だけを別トラックに移し、リバーブを加えた厚みのあるサウンドを作っています。

 

「このグリッサンドを使ったフレーズ部分は、一度録音した音をミックス時にThermionic CultureのCulture Vultureを通し、その後PluginのValhalla DSP のVALHALLA SHIMMERというリバーブをかけています。」

 

ベースは、アンプとDIの2トラックが録音され、それぞれにEQ、コンプ処理を施しバランスが取られた後、1本のAUXトラックにまとめられ、そこでも音作りがなされています。

ベースのAUXステム・トラックに実行されたプラグ・イン群。シグナル・チェーンは順に、Waves Renaissance EQUAD Manley Variable Mu® Limiter CompressorUAD API-560 EQUAD Ampex® ATR-102となっています。

 

「最初のEQは、スタジオで録っている時点からかけていたものです。次のコンプで、ちょっとレベルを整えて、後ろ2つで積極的に音作りをする感じですね。最後のUAD Ampex® ATR-102はテープ・シミュレーターで、サチュレーションを加えるために使っています。音を少し太くしつつ整える目的で使用しました。」

 

ギター・サウンド

ギターの各トラック。ギターは、レコーディング時にサウンドが作り込まれている為、ミックス時のエフェクトは最小限となっていますが、ボリューム・オートメーションやクリップ・ゲインでの強弱や曲の構成に応じたパン・オートメーションを効果的に使うことで変化が加わり、独特の空気感が生み出されています。

 

「ギターは、空間系のエフェクトもその場でかけているので、サウンド自体はほとんどいじっていません。演奏も一発録りで、パンチインもしていないと思います。波形で切っている部分があるのは、編集目的ではなくクリップ・ゲイン機能を使ってパート毎の強弱を調整する為です。」

各ギター・トラックには、コンプの UAD Teletronix® LA-2A Classic Leveling AmplifierとEQFlux Equreが実行されていますが、「色付けが目的ではなくバランスをとる為だけ」の整音目的で実施されているとのことです。

 

次は、ファルセット・ヴォイスが魅力的なヴォーカル・トラックを見ていきましょう。

 

ヴォーカル・サウンド

メイン・ヴォーカルは、ダブルで録られており、その後、ミックス段階で波形編集も何箇所かで行われています。

 

「ヴォーカルはダブルで録っています。大悟くんのヴォーカルは、歌い上げるようなタイプではなく、ラップと歌の間というか、ラップ的なフロウも重視した歌なので、リズム楽器の1つのようなつもりで、良いフロウがあったものに対してレイヤーしていく感じで、アタックとディケイに気をつけながらタイミングをエディットしています。」

 

ヴォーカルには、テープ・エコー処理も施されていますが、通常のリバーブ的な使い方ではないようです。

「ヴォーカル2つがグループ・マスターのAUXにまとめられていて、そこからセンドで送っているんですが、その時、センド・マスターも作って、そのセンド・マスターにWaves Rvoxでコンプをかけて、その後のエフェクトがしっかりかかるように、ちょっとレベルをならしてからテープ・エコーであるUAD SPACE ECHO RE-201を実行しています。ここではリバーブ成分はかけていなくて、ダブルっぽい感じで使っていますね。ダブル・ヴォーカルに対して、さらに厚みを加える効果というか、主役であるヴォーカルを引き立てる雰囲気作りの演出的な役割です。」

 

ギターによる展開部に入る前のVerse B1の終わりでは、ヴォーカルに美しいディレイがかかっています。

「これはアルバム・バージョンだけでかけているディレイですね。ヴォーカルをまとめたステム・ミックス・トラックからセンドでWaves H-DelayがかかっているAUXトラックに送っています。ディレイの深さは、センド・フェーダー側でオートメーションを書いて調整しています。」

 

コーラス・パート・サウンド

コーラス・パートのトラック群。バック・コーラスは、ヴォーカルの桜木 大悟さんと小林うてなさんが担当していますが、一番下の”Utena.Low”というトラックが、アルバム・バージョンで新たに加わっています。

 

「これはライブで、うてなさんがTC-HELICON VOICE Liveというエフェクターを使って、大悟くんが歌っているオクターブ下のヴォイス・サウンドを再現していたので、今回はそれを逆に録ってしまおうということで作った音です。大人数で歌っているコーラス・パートの中で、ちょっとした違和感を出すのが目的です。『EP』の時には、最後の方で別のハーモニーを入れていたのですが、アルバム・バージョンではそれが消えて、このローのエフェクト・ヴォイスが加わっています。」

ダブリングされたメイン・ヴォーカルと全コーラス・パートを再生中のミックス・ウインドウ。コーラス・パートでは、大悟さんのヴォイスにもピッチ系のエフェクト処理が施され、オクターブ下のハーモニーがミックス上で作られています。

 

では次にオーバーダブされた素材についても解説していただきましょう。

 

スティール・パン・サウンド

アルバム・バージョンでは、小林うてなさんの弾くスティール・パンの音が新たにオーバーダブされています。

スティール・パンのトラック。曲中ではギターとL-Rの対になる形でミックスされています。

 

「うてなさんが使っているスティール・パンは穴が空いているタイプで、いわゆる一般的にイメージするパンよりも暗いトーンが特徴です。マイクは、上と下で2本立てて、レベルもイーブンくらいで録っています。プラグ・インはコンプ一個で、リバーブも何もかかってない、ほぼ楽器そのままのトーンですね。オーバーダブ素材なので、先にミックスされていたギターに寄り添わせる為に、ボリューム/パンのオートメーションを書いてレベルやポジションを細かく調整しています。」

 

シンセサイザー・サウンド

曲半ばのInterlude部分で聴ける、浮遊感のあるギターのコード・サウンドとそれに続くメロディーの後ろで鳴っているシンセサイザー・サウンドも非常にユニークです。

「このフレーズは最初ギターだけだったんですが、ミックスの時にもっと印象的にしたいからシンセを重ねたいということになって、Macbook Proにバーチャル・インストゥルメントのNative Instruments Massiveを起ち上げて、そこの中で音作りし、オーディオ化した後で、さらにUAD Moog® Multimode FilterSound Toys Little AlterBoyでエフェクトをかけています。」

 

ルーム・アンビエンス

「ルーム・アンビエンスとしては、UAD OCEAN WAY STUDIOSを使っています。このプラグ・インも凄く気に入っていて、よく使っていますよ。」

 

ご覧いただいたように、葛西さんのミキシング処理やポスト・プロダクション作業では、様々なテクニックが使われていますが、所謂、修正系の作業ではなく、クリエイティビティーを追求した、より創造的なミキシング/サウンド・プロダクションが行われています。

 

「いわゆるミックス作業で行うバランスをとるということよりも、どうやって空間を響かせるかということに力を注いでいます。その辺は、やはりD.A.N.の音楽性による部分が大きいと思います。」

 

マスタリング作業について

最後に作品としてリリースされる際に行われるマスタリング作業についてお聞きしました。

 

「『EP』の時は、自分でマスタリングまでやっていたのですが、アルバムは木村健太郎さんにお願いしています。

今回はマスタリングでも通常と変わったアプローチをとりたいと思い、マスタリングを2回お願いしています。マスタリングで変えたいところと変えたくないところが入り混じっていて、それをクリアにするという意味でも、1回目に出来上がったサウンドをブラッシュ・アップするという方法を取りたかったのです。ファースト・マスタリングの方は、もうちょっと音圧もあって、音もグイっと前に来る感じが強かったのですけども、皆んなでそれを何度も聴いて、パンチみたいなものは少し失われるかもしれないが、逆にアルバムを通した時に何回でも聴けるようなトーンに持って行こう、ということに落ち着いて、音圧も少し抑えめにしたものを最終リリースにしています。」

 

CD(16it/44.1kHz)やHi-Res(24bit/88.2kHz)以外の「配信用圧縮フォーマット」に対して、特別なマスタリングを行ったのでしょうか?

 

「いえ、フォーマット毎にマスタリングはしていなくて、圧縮フォーマットに対しては普通にコンバージョンですね。CDをターゲットにしたマスタリングだけを行っています。」

 

アルバム『D.A.N.』では、複雑なサウンド・アーキテクチャーに乗るソフトでメローなメロディー、テクノ・フィールを取り入れたバンド・グルーブ、無機的な空間処理と有機的なビート表現等、本来相反するはずの様々な音楽/サウンド的要素が見事に融合されています。

 

労力を惜しまぬプロダクションの末に生み出された、このアルバム『D.A.N.』の”懐かしくて新しいサウンド”を是非体験してみてください。

D.A.N. 1st album『D.A.N.』
《TRACKS》
01. Zidane
02. Ghana
03. Native Dancer
04. Dive
05. Time Maschine
06. Navy
07. Curtain
08. Pool

発売日:2016.04.20
価格:¥2,300(税抜価格)
品番:SSWB-002 JAN:4522197122588
発売元:SSWB / BAYON PRODUCTION
販売元:PCI MUSIC

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