Pro Tools | Ultimate(2019.10以降)は、Dolby Atmos®イマーシブ・オーディオ・フォーマット制作環境に、より幅広く対応しています。
7.0.2及び7.1.2チャンネル・バスをサポートしているだけではなく、シネマ/ホーム/モバイルに対応するDolby Atmosコンテンツ制作に必要なワークフロー全体をカバー可能であることが最大の特徴です。
ここでは、Dolby Atmos制作環境に必要なDolby社のツールの紹介とPro Tools | Ultimateに備わっている機能の詳細について紹介いたします。
Dolby Atmosとは?
Dolby Atmosは、2012年に映画館音響システムとして登場したDolby社のイマーシブサラウンド・フォーマットです。現在では、映画以外のコンテンツにも活用され、再生環境も拡大中です。
Dolby Atmosの仕組みは、
- チャンネルベース(7.1.2ch)とオブジェクトベース(118トラック)を同時再生
- レンダリングエンジン(RMU)が出力チャンネル(=スピーカー数)に合わせて出力
- オブジェクト・オーディオには三次元位置情報等のメタデータが付く
となっています。
Dolby Atmosには、映画館上映を目的としたマスターである” Cinema (シネマ)”と一般家庭での試聴を目的としたマスター “ Home(ホーム) ”の二種類が用意されています。
Dolby Atmosに関するさらなる詳細は、こちらをご参照ください。
Dolby Atmos制作を行う為のツールと環境
Dolby社では、このAtmosミックスを行う為の2つの制作ツールを用意しています。
また、マスタリングを行う為のレンダリング&マスタリング・ユニット(RMU)に関しては、ホーム用とシネマ用の2種類が提供されています。
2つのDolby Atmos制作ツール
Dolby Atmosの制作ツールとしては、Pro Tools | Ultimateソフトウエア上でAtmosミックスが可能となる「Dolby Atmos Production Suite」とAtmosミックスに加えHome用マスタリングも可能となる「Dolby Atmos Mastering Suite」が用意されています。
“Dolby Atmos Production Suite”には、ソフトウエア・ベースのDolby Atmos Rendererはが備えられ、Pro Tools | Ultimateと同一Mac上にインストールし、Dolby Renderer Send/Returnプラグインを使用してPro Tools | Ultimateと内部接続する形で使用可能となっています。
また、Pro Tools | Ultimate 2019.10以降では、Dolby Audio Bridge経由で最大130 CoreAudioチャンネルまで扱えるようになり、Dolby Atmos時の内部ミックス・ワークフローを大幅に改善しています。これによりPro Tools | Ultimate とDolby Atmos Production Suiteを使った際の、複雑なセッション構成やルーティング設定、さらには遅延補正の煩わしさから解放され、Mastering SuiteやCinema Rendererを使う際と同様のセットアップで、Dolby Atmos内部ミックスがスムースに実行可能となるのです。
Dolby Atmos Renderer では、Atmosミックスを行っている間でも、Pro Tools | Ultimateからそのオーディオ及びメタデータを受信し、HDXやHD Nativeに接続されたI/O経由でマルチチャンネル・スピーカー出力を行ったり、バイノーラル・ヘッドフォンでのモニターする事も可能となっています。
Dolby Audio Bridgeを使用した実際のワークフローは、以下の日本語字幕付きビデオでもご確認いただけます。
また、” Dolby Atmos Mastering Suite ” は、
- ”Dolby Atmos Production Suite ” 3シート分のライセンス
- Dolby Atmos Home Theater Renderer software for Windows on a Dolby Atmos RMU
- Dolby Atmos Conversion Tool
から構成され、ポスト・プロダクション環境下でのBlu-rayやデジタル配信用の高品位Dolby Atmosコンテンツの作成/編集/ミックスそしてマスタリング作業が行える、ホーム・シアター用のレンダリング&マスタリング・ユニット(HT-RMU)を構築することができます。
用途別にまとめると
- Dolby Atmos Home及びCinemaコンテンツ用のプリプロダクションを行う場合には”Dolby Atmos Production Suite”
- Dolby Atmos Home及びCinemaコンテンツ用のプリプロダクション並びにDolby Atmos Homeのマスタリングを行う場合には、” Dolby Atmos Mastering Suite ”
が適しています。
Dolby Atmosマスタリングの為の2種類のRMU
Dolby Atmosマスタリングを行う為の外付けのハードウエア・レンダリング・システムであるRMUが必要な場合は、以下の2つの方法で導入検討が可能です。
Dolby Atmos Homeの場合:
” Dolby Atmos Mastering Suite ”により、Home用のRMUであるHT-RMUの構築が可能(HT-RMUの駆動には適切なPC並びにMADI入出力またはMac並びにDante入出力環境が必要)です。HT-RMUでは、コンシューマー向けホーム・シアター用マスター・ファイルである、Dolby Atoms master files (.atoms)が作成可能です。Atmosのマスタリングを行っていただくには、Atmosニアフィールドモニターを備えたスタジオが必要となります。詳細は、Dolby Atmos Mastering Suite Dealersまでお問い合わせください。
Dolby Atmos Cinemaの場合:
シネマ用RMUの設置並びに適切な視聴環境の整備が必要となる為、Dolby社の認証が必要です。シネマ用RMU(Cinematic-RMU)では、映画館向けのマスター・ファイルであるDCP MXF Atmosファイルから構成されるPRMスタイルのプリント・マスターが作成可能です。Dolby Atmos Cinemaプロダクション環境構築に関する詳細は、Dolby社までお問い合わせください。
各ツールに関する詳細は、Dolby社のWebページ「Dolby Atmos for Content Creators」(英語)もご参照ください。
各ツールの入手/導入方法
- Dolby Atmos Production Suite:Avid Webストアにてお求めいただけます。
- Dolby Atmos Mastering Suite: Dolby Atmos Mastering Suite Dealers(日本国内2社)にてお求めいただけます。
- シネマ用Dolby Atmos RMU : Dolby社までお問い合わせください。
では、次にPro Tools | Ultimateに備わっているDolby Atmos対応機能について詳しく見ていきましょう。
Pro Tools | Ultimate:Dolby Atmos対応機能
Pro Tools | Ultimateでは、以下の機能に対応しており、Dolby Atmos上でのミックス作業がより効率的に実行可能です。
- 7.1.2ステム・フォーマットに対応及びフォールド・ダウン・ロジックも搭載
- 3D オブジェクト・ルーティング・オートメーション対応
- Avid | S4並びにS6 統合で、より完璧なミックス作業を実現
- プリント・マスター・メタ・データを埋め込んだADM BWAVに対応し、再利用が容易に
- シネマまたはホーム用RMUに接続可能、さらに “Dolby Atmos Renderer”にも対応
また、Pro Tools | Ultimateでは、上述したDolby Atmos制作ツールとの統合機能を含む、Dolby Atmosオーディオ・プロダクションの全行程に対応しています。
7.1.2トラック&バス対応
Pro Tools | Ultimateは、Dolby Atmosの特徴である7.1.2チャンネル・ベッドと118chのオブジェクト・オーディオの両方に対応しています。
オブジェクト・パンニング
オブジェクトは、Pro Tools | Ultimateに装備のDolby Atmos用パンナーで3D空間上に自由にオブジェクトをポジションさせる事が可能です。
オブジェクト音源の定位をスムースに行う為、Pro Tools | Ultimateでは、パンナー機能も強化されています。Dolby Atmos Panner Plug-Ins for Pro Toolsを使用せず、Pro Tools | Ultimate自体に搭載されているパンナーでオブジェクト音源のコントロールが可能となったのです。
イマーシブ・パンニング時に最も時間を要する作業のひとつである「音の高さ」を表現する為に、仮想空間内での天井形状やZ軸のトラッキング・オートメーション 、プリセットによるZ軸を伴ったX&Y軸の操作といった新たな「高さ」モードも搭載されました。
さらには各オブジェクトの遠近感を表現する為の「サイズ」もパンナー上で設定可能。水の中を表現したい場合等の様々な効果を生み出すためのスコア・エレメントも用意されています。
また、パンナー上のゾーン・マスクでは、特定のスピーカー・セットだけを再生するといった設定も簡単に行えます。
ルーティング・オートメーション
Pro Tools | Ultimateの特徴のひとつとして、オブジェクト・オートメーションに於ける柔軟性があげられます。
各サウンド要素は、オブジェクトとバスをオートメーションで切り替える事が可能となり、ミックスの途中からベッドにアサインされていたサウンドをDolby Atmos オブジェクトとして直接パンニングすることが可能となるのです。
RMUコントロールと各種データ互換
Pro Tools | Ultimateでは、Peripheralウインドウ上で各種RMUを認識し、Pro Tools上の新しいパンナーを使用してオブジェクト・ベースのパンニングを行っていく事が可能です。
また、Dolby Atmos Panner プラグイン・オートメーションとPro Tools パンニング・オートメーション間を1クリックで変換可能となる為、これまでのDolby Atmosプラグインで作成したオートメーションやPro Tools | HD 12.8未満とのセッション互換性の維持も容易です。
さらには、Dolby Atmos RendererやRMUがない場合、お手持ちのスピーカー・セットの状態へとフォールド・ダウンしてモニター可能です。
Pro Tools | Ultimateでは、Atmosメタデータを付加したBroadcast Wavファイをインポート可能です。Dolby Atmos Mastering Suiteに付属のDolby Atmos Conversion Toolでプリント・マスターから作成したオーディオ並びにAtmosメタデータを伴ったADMファイルをPro Tools内へと取り込み編集/ミックス作業を行う事も可能です。
リレコーディング(ダビング・ステージ)・ワークフロー
映画や大規模なTVドラマ制作時等で、複数のPro Tools | Ultimateを使用してステム毎にAtmosミックスを行う場合、EuConベース・コントロール・サーフェスであるS6を使ってチャンネル及びオブジェクトの各音源をオートメーションしながらダビング・ワーク・フローを実行することができます。その際、オーディオ・データのみならずオブジェクトのオートメーション・データも同時にパンチインが可能です。
S6+MTRX統合型コンソールに複数のPro Tools | Ultimateシステムを組み合わせて実施するシネマ用のリレコーディング(ダビング)・ステージの典型的なシステム構成は下記のようになります。
また、Pro Tools | Ultimate 2019.6以降では、MTRXに複数のPro Tools HDシステムを大レムとに接続可能とする為のDigi Link Optionカードを、MADIの代わりに装着し、Dolby Atmos用ファイナル・ミックス・ステージを構築することも可能となりました。下図は、DigiLink Optionカードを装着し、Pro Tools HDシステムを合計3台接続した場合のDolby Atmos HE(ホーム)プロダクション用のシステム例となります。
Avid S4/S6統合環境の実現
Avid S4またはS6を使用すると、Dolby Atmosのベッド・チャンネル・ミックスやオブジェクト・パンニングがより視覚的/直観的に実行可能です。
S4/S6の中枢であるマスター・タッチ・モジュール(MTM)に搭載のタッチ・スクリーンでは、ソースを2D/3D表示しながらパンニング可能、「高さ」「ゾーンマスク」「スピーカースナップ」といった機能にもアクセスすることができます。また、タッチ・スクリーン以外にも、物理的なノブやスイッチを使った操作が可能となっています。
オブジェクトは、ジョイ・スティック・モジュールを使ってパンニングしていくことが可能です。パンニング情報は、MTMのタッチパネル・スクリーン上だけではなく、ディスプレイ・モジュール上で各チャンネルの状況を確認することができます。
S4/S6上では、バス・パンニングとオブジェクト・パンニングも簡単に見分ける事ができ、必要に応じて高さ情報等のパラメーターをS4/S6上でのフェーダーにアサインしてコントロールすることも可能です。
最大8台までのPro Tools | UltimateをコントロールできるS6を導入する「Dolby Atmosダブ・ステージ」では、複数のPro Tools | Ultimateシステムがサテライトリンクで接続/同期し、NEXIS共有ストレージでプロジェクト・コラボレーションを行いながら、より効率的に作業を行っていく事ができます。
進化するDolby Atmosプロダクション環境
Pro Tools | Ultimate 2019.10並びに”Dolby Atmos Production Suite”及び”Dolby Atmos Mastering Suite”の登場により、Dolby Atmosコンテンツ制作の為の「ハードル」は劇的に下がりました。
今後は、必ずしもDolby Atmos制作工程の全てを、大規模システムを導入したスタジオ/ダビング・ルームで実施する必要はなくなり、事前にPro Tools | UltimateとDolby Production Suiteを使いプリ・ミックスを行った上で、Cinematic-RMUやHT-RMUを備えた、大規模なダブ・ステージでファイナル・ミックス及びマスタリングを実施する形が主流になっていくことが考えられます。
AvidのEuCon対応のコントロール・サーフェスは、各部屋のサイズや予算に応じて選択可能です。しかも、Pro Tools | Ultimate内でミックスしたデータは全て互換が保たれ、部屋間の移動時のデータ移行の手間もありません。
また、これらの全てのコントロール・サーフェスに、ルーター/モニタリング機能を備えた高品位オーディオインターフェイスであるPro Tools |MTRXを装着すれば、そのI/Oルーティングやモニタリング・プロファイルを共有/スタジオ互換を保つ事も可能です。
さらに、Pro Toolsクラウド・コラボレーションを活用すれば、外部スタジオ間とのプロジェクト共有も簡単に行えるため、物理的なメディアを持ち歩く必要もなくなるのです。
Pro Tools | UltimateとDolbyから提供される制作ツールによって、あらゆるサウンド・プロダクションに対して、Dolby Atmos制作環境の門戸が開かれました。
Pro Tools | UltimateとDolby Atmos Production Suiteがあれば、ヘッドフォン再生環境のみであってもDolby Atmosプリ・ミックスを開始することができ、Dolby Atmos Mastering Suiteを使いHT-RMU環境を構築することで、Home用Dolby Atmosマスタリングも可能となるのです。
より身近になったDolby Atmosイマーシブ・オーディオ・コンテンツ制作に是非チャレンジしてみてください!